横浜の歴史【6】根岸外国人墓地

山手駅から坂を上ると、山の斜面を利用したこぢんまりとした墓地が見えてくる。白亜の十字架や大理石の墓碑が並び、森閑とした沈黙の中で深い悲しみをたたえている。
文久元(1861)年、山手の外国人墓地が手狭になったため、居留外国人から要望が出され、ここに造成されたもの。
第2次大戦での資料消失により、名前もあきらかでない墓標が多く、現在、確認されているもので160基ほど。まだ1200人余りの、国も名前もわかっていない人々がこの地に眠っているとされる。

明確なところでは、関東大震災で亡くなったアメリカ領事、キリヤソフ夫妻。1956年没の、世界一流の音楽家を日本に紹介したイタリア人、ストローク氏。
また、花や動物が彫られた小さな墓石は、生まれてから数日の乳児や4、5歳の子どものもの。残された両親の心の痛みが伝わってくるようだ。
住所:中区根岸台
アクセス:JR山手駅から徒歩3分
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