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横濱メリーさん


顔を真っ自に塗って。白いドレスを着て。口と靴の真っ赤なのが子供心に印象的だった。横浜の野毛・桜木町・伊勢崎町辺りを歩く『濱のメリー』
戦後、駐留した米兵の相手をして過ごしてきた彼女は、地元横浜市民からは「ハマのメリーさん」と呼ぱれていた。



戦後50年以上娼婦を続けたメリー



戦後、故郷を離れ、東京、横須賀などを渡り歩き、横浜は伊勢佐木町で米兵相手の娼婦をしていたとされる。戦後五十年を経てなお、暗い時代の影を引きずったまま、夜の街に姿を現していた。
子供のころ良く見かけた場所は、伊勢崎町の表通り、白のフリルのたくさん付いた日傘をさして、長い白い手袋をはめ、白いドレスに、赤いくつ。。。
顔は首から、真っ白に塗り、京都の舞妓のような塗り方をして、目元は彫りを深くするように、アイシャドーを塗り、真っ赤な口紅をつけ、髪は金髪、束ねた髪を上げて、伊勢崎町の通りに立っていた。



横濱と米軍



娼婦の街・横浜という土地が、敗戦と同時に占領軍によって 街の中心部を占拠され、伊勢佐木町には飛行場などがあったこと等、 米軍基地も近く、占領地的な部分もあったからでしょうね。
メリーさんは、2005年1月に老人ホームで84歳で亡くなりました
横浜は未来的なムードを兼ね備えた、おしゃれな街に生まれ変わっているけれど、 こうした戦時中の名残も残しながら、異文化を上手に取り入れながら発展してきた街なのです。


-画像は桜木町-


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-伊勢崎町-


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