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歌えば死ぬ・・・
映画『伝染歌』

昼下がりの学校で、突然の自殺を遂げた女子高生、香奈。
その場に居合わせた、あんずは、その瞬間、香奈が不気味な歌を口ずさんでいるのを聞く。
白昼堂々、公衆の面前で起きた女子高生の自殺劇に、マスコミの間では、「いじめがあったのでは?」との憶測が飛び交う。

時を同じ頃、三流風俗雑誌『月刊MASACA』の編集部員の陸は、街で、歌うと死ぬという“伝染歌”の噂を耳にする。10年前に発売された「僕の花」を聞いて歌ったものは、みんな自殺してしまう。いっけんありがちな都市伝説にも思える噂であったが、何かに突き動かされた陸は、他の編集部員の力を借りながら、その謎を追いかける。
あんずも、香奈が最後に口ずさんでいた歌が気になり、学校の仲間と香奈の周辺から謎を追い始める。

運命の糸に操られるかのように出会う陸とあんず。香奈の親友であった朱里と陸の兄的存在である編集部員太一の4人によって物語のスピードは加速する。

飛び火する学校内での連鎖自殺。あんずが見てしまう白い服をきている女の子の存在。
死への引導か?呪いか?確実に関わったもの全員にそれは迫ってくる。



その歌を歌ってしまった。女子高生達は?
その歌を歌ってしまった編集部員たちは?
その歌を歌ってしまった市井の人々は?
元凶は曲を作ったプロデューサーか?作曲家か?
ダミアの「暗い日曜日」との関係性は?


全ての謎が絡まりだし、答えが見つからないと思えたとき、あんずが、その歌の意味にきづく。
歌にこめられた意味とは?伝染歌とは?なぜ歌えば死ぬとわかっているにもかかわらず、人は歌ってしまうのか?
その歌が伝えるのは、絶望か希望か?
その答えは驚くような結末にある。



実在した呪いの歌、その真実とは?

自殺ソング『暗い日曜日』


ブタペストのユダヤ人街にあるレストランクラチュ(現在でも営業中)でピアニストとなったセレッシュ・レッソ(1889年生)は、1930年頃に「暗い日曜日」を作曲・作詞。きっかけは失恋だった。しかし、別れた恋人は、曲が出来上がってすぐ自殺を遂げてしまう。彼女の傍らには“暗い日曜日”とだけ書かれたメモが置かれていた―。その後、1968年には、セレシュも投身も自殺を遂げることになる。
やがて、1932年、有名なハンガリーの歌手パール・カルマールがこの歌を歌い、生放送で流す予定だったラジオ局の局長エルネー・セーチが死に、当日のラジオ放送が禁止になるという奇怪な事件が起きる―。


『暗い日曜日』


クラチュを後にしたセレシュ・レッソは、ハンガリーの首都ブタペストのレストラン「キシュ・ピパ(小さなパイプ)」に移り再びピアニストをはじめる。1933年、「キシュ・ピパ」(現在でも営業中)の経営者であったヤヴォール・ラスロにより仏詞がつけられ「暗い日曜日」はハンガリーで発売される。
発売後、ヒットするにしたがい、ハンガリーでは、この歌を聴きながら死んだ者、楽譜を手にしたまま死んだ者、楽譜を手にしたまま死んだ者、遺書に歌詞を引用して死んだ者・・・自殺者が続出。ついに、政府によって販売と放送が禁止される事態となり、1934年には、ドイツ・フランス・イタリア等の新聞では“ハンガリーで生まれた自殺ソング「暗い日曜日」”に関する記事が278件にものぼった。
さらに、1936年に、フランスでシャンソン歌手のダミア(1889年~)が創唱し海外に広まり、アメリカで英詞がつけられビリー・ホリディが歌うと世界的なヒットとなった。この曲に関わった100人以上の人々が自殺し、イギリスBBC放送やアメリカ、フランスの放送局でも次々と「暗い日曜日」の放送を禁止した。
日本では、淡谷のり子がカヴァーし、この曲のもつどうしようもない絶望感をしっかりと表現している。そのほか、美輪明宏、越路吹雪、金子由香利、夏木マリなどのシャンソン歌手がカヴァーしている。



『自殺は歌の魔力のせいか?』


やがて“自殺の聖歌”と呼ばれるようになった「暗い日曜日」。この呪いの歌と自殺の関係性をつきとめる為に、多くの精神分析医や心理学者達はこの曲を研究し出した。
歌が発表された1933年は、ヒトラーがドイツの首相となり、翌年には総統兼首相に就任し、ハンガリーの隣国オーストリアでも、ナチズムが猖獗を極めていた。フランスでこの歌が発表された1936年には、ナチス・ドイツは、第一次世界大戦の敗戦で連合国側の統治下にあった。権力による抑圧、陰惨な殺戮の日常化・・・ハンガリーなどの東欧諸国では、社会は疲弊し、混乱が広がっていた。そんな閉塞しきった状況下で、この歌のとてつもなく絶望的でやりきれない旋律が、人々の弱い心に潜在的に宿っていた“死ぬ”ことでしか浄化されない不安、恐怖の因子を掻き立て、自殺を多発させたのか―。
いまだに、関係性はまだ明らかになっていない。

-伝染歌-



劇場情報  横浜シネマリン  JR関内駅北口、横浜市営地下鉄関内駅、京急日の出町駅から徒歩5分







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伝染歌 (講談社文庫) 伝染歌 (講談社文庫)
秋元 康 (2007/08/11)
講談社

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Sombre Dimanche)はシェレッシュ・レジェー作曲、ヤーヴォル・ラースロー作詞で1933年に発表された歌。および、それをもとにした映画。映画"Gloomy Sunday - Ein Lied von Liebe und Tod"(1999)1999年、1988年のニック・バルコウ
2007/08/21(火) 06:09:14 | なつきの日記
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